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1.針
ピアスを着けるきっかけは同じゼミの知佳だった。
彼女のピアスは、耳たぶに蜘蛛の形をした真っ赤なジュエリーが煌めき、その下で黒い蝶のチャームが揺れている。透明な糸で繋がっているのだろうけど、いくら目を凝らしても糸は見えなかった。蝶が空中に浮いているみたい。知佳が笑うたびに蝶が揺れる様は、蜘蛛の網から逃れようともがいているようにも見えた。
その美しさに見とれてしまい、こちらを向いた知佳にどうしたのと聞かれてしまった。あわててそのピアス綺麗ねと答えると、知佳は指で耳たぶとピアスを持ち上げ、いいでしょ、彩夏(あやか)さんもどう、きっと似合うわよ、と誘いをかけてきた。結局、ピアスの美しさに惹かれ、自分も着けることに決めたのだ。
ピアスホールは病院であけてもらうつもりだったけど、エステサロンで大丈夫よと言われ、知佳の行ったサロンを紹介された。
施術の日には知佳もついて来てくれた。エステサロンは雑居ビルの4階にあった。二人で入って行くと、カウンターのナース服の女性が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、ご予約いただいた彩夏様ですね」
年齢は二十代後半くらい、ロングヘアを後ろでまとめていて、切れ長の目が印象的だった。
「あたし、担当させていただく珠緒です」
「珠緒さん、彩夏さんをよろしくね」
知佳が親しげな口調でエステティシャンに語りかける。
「わたしが紹介したんだからね。ちゃんと施術してもらわないと……」
「まかせてちょうだい。完璧に仕上げてあげる」
珠緒さんはにこやかに答えて、私の方を向いた。
「それでは彩夏様、施術のご説明をいたしますのでこちらへ」
私は珠緒さんに案内されて面談ブースに入った。ついたてで区切られたスペースに小さな机と椅子が並べられている。私は施術の説明を聞き、申込書に必要事項を記入した。珠緒さんは申込書を回収し、ここで待つように言って、カウンターの後ろに戻って行った。
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