あこがれ

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桜の蕾がほころび始めた頃、あなたの姿を見た。 開花を待ちわびて、木を見上げて笑顔を作る人びとの中を走る姿に惹かれた。 たっ、たっ、たっ、た! 軽やかな走る姿に、胸がキュンとする。 ずっと、この場所からあなたを見ていた。 桜の木の根元に、横になり夜空を眺めている私にあなたは気が付かないだろう。 翌日も、その翌日も。 ずっと、あなたの走る姿をここから見ていた。 桜が咲いて、そして散って。 新緑が眩しい季節になって、あなたは私の前で立ち止まるようになった。 「暑いな、ふぅ」 木陰で汗を拭いて、持っていたスポーツ飲料を飲む。 ああ・・・・汗が光って余計に素敵に見える。 夏になって、あなたはここに来る日が少なくなった。 秋になって、走る姿よりスーツ姿が多くなる。 「ああ、内定なんてクソ食らえだ!」 深く苦悩が浮かぶ瞳に心が痛い。 冬になって、彼が来なくなった。 また桜の蕾が膨らむ頃、彼がやっとやってきた。 「もう、ここの場所に来るのも最後か」 手には、転出届けが握られていた。 もう来ないの? もう来る事は無いの? どうして私を残して行ってしまうの? 私は、必死に手を伸ばしてそして枝を落とした。 私の手には、あなたが抱きしめられていた。 一足先に咲いた、真っ赤な花のつぼみが・・・ぱっと散った。 いらっしゃい、私の元へ。 恋しいあなた、ずっと一緒にいてくださいね。 桜の根元で眠りましょう。
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