家族と体温。

5/5
前へ
/6ページ
次へ
皆さんは家に帰ったらただいま、と言いますか。そんな習慣は廃れつつあります。わたしは毎日ただいま、と言いました。みどりが必ず、おかえり、と言ったので。 わたしの母は手がちいさいです。わたしより背も低いです。赤い血は通っていません。みどりの瞳はとても綺麗ですが、強化ガラスです。感情はシステムです。 でも。 彼女を作ったのは、あたたかい手のひらを持つ人です。彼女を案ずる声があって、彼女と、彼女と一緒に生きた人が、います。 ―――わたしは明日、ハイ・スクールを卒業します。そしてこの街を出ていきます。みどりが手を引いて歩いてくれたこの街を出て、政府の機関でシステムエンジニアとなります。 長い長い、行ってきます、を言います。 どんなに長くなるのでしょう。この街に帰ってくるでしょうか。みどりはまた、ひとりであのラボで暮らします。 ちいさな手のひらで、わたしを育ててくれたアンドロイドを置いて行きます。 大人になりなさい、とみどりは言いました。わたしは成長のないアンドロイドだから大人になれないけど、あなたが大人になるのが楽しみなんですから。嫌だなんて言ったら許さないんですからね。いつものようにゆっくりと笑って。 皆さんのお母さんはどんな手のひらをしていますか。 わたしの母はちいさな手のひらで、ぬくもりのない手のひらで、やさしくわたしの涙をぬぐってくれました。 以上で発表を終えます。ご清聴、ありがとうございました。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加