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ドアから入って来た男性を見てギョッとした。
彼は驚く私に気付くと、唇の片端だけ上げ如何にも悪い顔で笑って見せた。
何故、ここに……まさか?
と思ったが、奥の席に居た、カジュアルなパンツスタイルのいかにも有能そうな美人が彼に手を上げて「ケイ!」と呼ぶと、瞬時に上品な微笑を作り、数歩でテーブルに到達して彼女の前に座った。
待ち合わせをしていたのか……。
その事実が自分を打ちのめす事に気づいて、今更ながら己の愚かさが身に染みる。
ばかだ、自分に会いに来たのかと思うなんて。
私なんか、彼のペンネームさえ教えてもらえないただの家政婦なのに。
最初から望みがないものにいつまでのぼせているんだ。
『仕事だ』と自分に言い聞かせ、無理矢理笑顔を貼り付けてテーブルに向かう。
梅雨も明けた夏の夕方、外の気温は30度を超えているようだが、真崎氏はサラリとした風情でブラックを注文した。
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