86人が本棚に入れています
本棚に追加
わかってはいるけど、いい気持ちはしない。
それでも、ユウヤはメスをにぎりしめた。
クサリにつながれたルナの前に、かざす。
そのとき、『声』が聞こえた。
ーー待って。ユウヤ。わたしを殺さないで。
あの『声』だ。
ずっと、ユウヤに語りかけてきた『声』……。
(わたしを殺す? なんでだ? これは、ルナじゃないか。おれに話しかけていたのは、レラのはずだ)
混乱して思考が、うまく、まとまらない。
ぼんやりしてると、急に悲鳴が起こった。懐中電灯が床にころがる。そのまま、すうっと光が消えた。
争う物音が、つかのま続いた。
そのうち、とつぜん、また静かになる。
(なんだよ……何が起こったんだ?)
ユウヤは懐中電灯が、ころがったほうへ手をのばした。床をさぐってると、それらしいものが手にふれた。スイッチを入れる。
(よかった。ついた)
懐中電灯を背後の音のしたあたりに向けた。
シオンが倒れている。美しいおもてを血で染めて。頭を割られて死んでいるようだ。
レラが死体を見おろしている。
その手に持つ斧は血にぬれている。
「レラ……君が?」
「そうよ」
「どうして?」
「どうしてって?」
「だって……君はシオンと一つなんだろ?」
レラは笑った。
なんだか、怖い。
レラがレラで、なくなったような……。
「シオンじゃないもの」
「えっ?」
レラは足元を指さす。
「これはシオンじゃないわ」
どう見ても、さっきまでレラが仲よく話してたシオンだが……。
「どういうことなんだ。ちゃんと説明してくれないと、わからない」
「こいつはルナよ。シオンのふりしてたの。食事を二回したから、成体にまで成長したのよ」
「えっ……でも、おれが前庭で見たのは、この人だった」
「それはシオンだと思うわ。本物の」
レラはできの悪い生徒をからかうような口調で話す。
「よく考えてみて。鍵のかかった部屋のなかに二体のルナが閉じこめられてた。
なのに、なかにいたのは子どものルナが一体だけ。かわりに、自分はシオンだと主張する成体が一人。
両方ルナなんだって考えたら、数があうじゃない?」
「そんな……それじゃ、ルナは自分の分身を殺したってことか? そんなことできるのか?」
「できるわよ。自分が生きのびるためなら。やつらは分裂するけど、増えるために生きてるわけじゃないもの」
最初のコメントを投稿しよう!