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ナツキはアスヤの大学の後輩だ。いかにも、東京生まれ東京育ちのお嬢さんって感じ。
エリカがいつもよりワガママなのは、そのせいだ。いつもなら紅一点で自分だけがチヤホヤされるのに、今日は、みんながナツキに、よけい気をつかうから。
「じっとしてれば、そのうち乾くよ。ね? ナオト」
「ああ。うん」
ナオトは歯切れが悪い。
すると、アスヤが言った。
「でも、このまま夜になったら、どっちみち、寝る場所、探さないと。おれ、ヒロキと行ってくる。ナツキは、ここで待ってて」
「わたしなら平気だよ。ほら、こうしてたらね。いっしょに行こうよ」
アスヤとナツキは手をつないで歩いていった。それを見て、エリカの機嫌が、また悪くなる。
「もう。ナオト、かっこわるい」
「なんでだよ? ここにいろって言ったの、おまえだろ?」
「そうだけどぉ……」
ごちゃごちゃ言いあうのを聞こえないふりして、マサルが、
「二人に任すの、悪くない?」
言うので、キリトも歩きだした。
「あ、待ってよ。じゃあ、おれも」と、マサルが行きかけるのを、ユウヤは引きとめた。
「いいよ。ここにも誰かいてあげないと、エリカが心細いだろうし。おれ行くから、マサルはナオトたちと残ってて」
「ああ。そうだな」
ほっとするマサルを残し、ユウヤはヒロキたちのあとを追った。
もちろん、キリトのことも心配だ。でも、それだけでもない。
さっき見た、あの人。あの人に、もう一度、会ってみたい。
この建物は、どう見ても廃屋だが、もしかしたら、あの人も雨宿りのために、ここに立ち寄ったのかもしれない。
もしそうなら、どこか奥で休んでいるのだろうと考えた。
(きれいな人だったな……)
あんな美人、テレビでも見たことない。どこか、さみしげだったのが気にかかる。
「おーい。ヒロキ。アスヤ。待ってくれよ」
走っていくキリトの声を聞いた。
あわててユウヤも走る。前を歩くみんなに合流した。
「なんだよ。ビビってたんじゃないの?」
ヒロキが笑うので、キリトが怒るんじゃないかと思った。が、キリトは真顔でヒロキの背後を指さす。
「ヒロキ! そこ」
「えっ?」
ぎょッとして、ヒロキが懐中電灯の光を背後にむける。が、そこには何もない。クモの巣だらけの病室が見えるだけだ。
「な、なんだよ?」
「ひっかかった。ほんとはヒロキもビビってるんだろ?」
「あっ、チクショー。やったなあ」
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