旅の終わり

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その子を降ろしたバスは小さなロータリーを大きく回ると近くの操車場の一角に停まった その子は運転手が気になって見ていたが 彼がその子を振り返る事はなかった 県境を降りてきたであろうバスは山境の小さな村にたどり着いたようだ 四方を山に囲まれ、何処までも続く田圃は青々として 山沿いに狭い国道 その隣に小さい鉄道 その横に深い渓流 自然の起伏に聞こえる息づかい 点在する家々と商店 きれいな所だと思う こんな所に暮らす子等は 悪い妖怪には育ちようがない。と その子は思う (お腹すいた) そういえば、朝から何も食べてはいない… いや、昨日の夜からだ。 (のど渇いた) ミーン ミーン ミーン 蝉は7日しか生きられないんだよ (いいな) だからあんなに一生懸命鳴くんだよ (泣いてなきゃいいけど……) 真昼の空はクレヨンみたいに青い 雲は真っ白な光の綿にしか見えない (どこだろう?) 川の流れて行く方が街だよ (バスには戻れるけど…) 電線の繋がっている所は人が住んでるからね (知らない場所に行きたい…) その子は真剣にそう思っている だけど… ここも知らない場所だ という事は 忘れている 知らない場所は何処まで行っても "知らない場所"で… いずれにしても (歩こう) ある晴れた夏の日に 知らない場所でその子は 澄み渡る空を見上げて そこに記された行き先を探るように 青に溶け込む電線の下を歩く 緩やかな登りの勾配 熱せられたアスファルトに揺らぐ蜃気楼 坂の上から白い日傘と和服の女性が現れる 後ろに花柄のワンピースに麦わら帽子の女の子 同じくらいの年頃 同じ麦わら帽子のさらに小さい男の子と手を繋いで 3人とも笑っている みんな楽しそうだ すれ違う 人見知りのその子はそっちを見ない 1人で歩く子供は "負けてる" から (なんで?) 知らない… その子は通りすぎた3人を坂の上から見ていた 幸せは後からみても幸せだと解る そう 思って…
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