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「ねぇ院長。海に『My dear』なんて言えるような人がいるんですか?」
ああ、もう
毒気のない顔でそう問うてくる陸に、内心舌を巻く。しかも、しっかり『お姫様』の真意まで把握しているところがタチの悪いところだった。
案の定、院長は訳知り顔で微笑む。
「My dear、愛しい人、・・・ねぇ。いることにはいるかもね。笑顔をくれたお姫様が」
「・・・」
居心地の悪い視線を受け止めて院長に『勘弁してください』と非難めいた視線を送るが、彼女はそんなものものともしない。
「それって」
「まぁ、これ以上は働いていれば分かることだと思うわよ。勤務初めは週明けになるから、よろしくね」
それだけ言うと、院長はにっこりと笑う。
詮索不可、と言外に示す態度は大したものだ。
「それでは、私も仕事がありますので、これで失礼します」
この隙に、と私も一礼して踵を返す。
「そうだ、海」
「何でしょう」
呼び止めて振り向くと、言い辛そうにこちらを見ている陸と目が合う。
まぁ、何を言いたいのかは分かっているつもりだ。
「そのうち、日生ちゃんにも会ってあげてね。今すぐには無理かもしれないけど」
「ええ、そのうち」
にっこり笑って扉の外に出る。
***
果たして、自分はうまく笑えていただろうか
階段を下りながら、溜め息を吐いた。
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