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坂木家の別荘は私有地になっているため、私達はその近くの小高い崖道で花を海に投げ入れた。
波の音を聞いていると、シーツと毛布だけを身に纏い、無我夢中で逃げた時のことを思い出す。
「・・・あの時」
「何ですか?」
人恋しくなって彼の腕に身を寄せると、彼はその腕の中に私を閉じ込める。
その温かさに安堵して、私の目尻には涙が浮かぶ。どうやら、ある程度の安心感がなければ、涙は出てこないらしい。
それは、貴方といて知ったことだった。
「この道を逃げている時、ずっと貴方のことを考えていたの。そうじゃないと、怖くて堪らなかったから」
憂うつな時は、楽しいことを思い出せばいい、そう教えてくれたのは貴方だ。
そして、私があの場所から逃げたのは、貴方が望んだあの子を守るため。全部全部貴方のためだった。
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