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『その中でヒナセと逢えたんだから、それでいい』そう言った彼は、雪が解けて雨に変わった頃、彼女の胸の中で息を引き取ったという。
花の下にて春死なんー昔の歌人を彷彿とさせるような彼との過去を糧として、彼女は生きていた。
私もそうなのだろう。
気紛れに助けた彼を愛し愛され、彼との子を宿した。そして、その子に助けられ、ここにいる。
夢や幻のように終わってしまった彼らの生を糧として、私達は生きていく。
だとしたら、少しでも最善を尽くすことが、彼らへの供養だ。
「『惚れた女を守って死ねるなら、自分は幸せ者だ』って言ってたらしいわよ」
「へ」
「太陽」
突然、院長から声がかかる。
「だから、貴女もあんまり気に病むんじゃないわよ」
それが、子供のことだと気づいた時、私は無意識にお腹に手を当てていた。
「はい」
「そういえば、水子供養なんかはしたの?」
「あー、・・・どうやるんでしたっけ」
突然ふられた話題に私は慌て、院長は呆れる。
「・・・月命日なんかは関係ないみたいだから、とりあえず菩提寺をあたってみなさい。それから・・・」
院長の声に急かされて、私は慌ててPCの電源を入れた。
Fin.
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