Storea Segreta

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 ポタリと落ちた涙が原稿用紙ではなく、机の上だったのは幸いだった。 「・・・ん。お母さん?」  どこか現ではないその声に碧海を見ると、彼は嬉しそうに微笑み、安らいだ顔でまた眠りの世界へと落ちていく。  『遺伝子レベルで貴女を愛している』と、いつか宣わった海の言葉を証明するかのように、碧海は歳を重ねるごとに姿形だけでなく言動も父親に似てくるようだった。  私に似ているのは、髪質と瞳の色くらいか。  『ボクは今幸せです』  不意に、墓前でそう言った碧海の言葉を思い出す。  この子が産まれてから、私自身 満ち足りた日々を送ってきた。確かに、それは『幸せ』だったのだろう。  思えば彼を受け入れたあの日から、それは続いていた。  貴方が私に幸せをくれたの  遠い日に彼にそう告げたことを思い出せば、記憶の中の彼が唇を奪う。  そんな彼に苦笑を浮かべて、私は左手の薬指にある 愛した男の瞳と同じ色の石に口づけた。 「私も愛してるわよ。ありがとう」  健やかな寝息を立てる愛息にそう呟くと、彼は分かっているのかいないのか、嬉しそうに口角を上げる。  そんな彼の頭を撫でて、私は静かに部屋を出て行った。 fin.
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