そう、全ては夢の中に

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「これ、泣いているのかしら」 かなり年老いた老人が酸素マスクを着けて眠っていた。 その傍らに、初老と言える女性が冷静な眼差しを捧げている。 個室の中にいるのは、その初老の女性と医師、それとベッドに横たわる老人だけで、余った空間がやけに目につく、動いているものは、点滴の滴りと、バイタルモニターのシグナルだけで、静寂の中、時は止まっているようだ。 老人の綴じた目から、零れた涙が皺だらけの頬へ染み込む。 医師が応えた。 「感情的な現象ではありません、夢を見ているとは言えないのです、脳波は平坦で動きはありません、つまり脳死状態、なのですから」 老人の涙から目を逸らす事なく、初老の女性は静かに言った。 「いいえ、夢を見ているのよ」 そして、彼女は優しく微笑んでから、続けた。 「どんな夢を見ているのかしら」 医師は黙って聞いていた。 「彼はね、社会的に成功者だったわ、若い時分から一生懸命に、死に物狂いで、お金の為に、出世の為に、欲望の為に働いていたの。 少しずつ増えてゆく資産と比例して、地位も信頼も、部下の数も増えました、その代償とも言えるわね、家族も、自分も、今まで培ってきたもの全てを犠牲にして、無我夢中に生きていたわ、まるでゲームに没頭する子供みたいに。 彼は、楽しかったのかしら、孤独だったのかしら、幸せだったのなら、いいのだけれど」 初老の女性は目に涙を溜めながら言った。 医師が応えた。
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