第六幕 『配れらた〝愚者〟』

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 シャワー室を出た隆義は、そそくさとタオルで体を拭き、用意された着替えを手に取る。そこにあるのは下着とTシャツ、作業員用のズボンである。  シャツには沢の字を図案化した企業のロゴに、株式会社沢村重工業の文字が入っている。  あっと言う間に服を着た隆義は、そのまま狭い脱衣所の扉を開いた。 「よっ♪ 待ってたよー」  脱衣所から一歩も出ない内に、能天気な声が届いてきた。  心が、ずっと待っていたのである。 「勝手ながら、元の服は洗濯に出したからねー」 「そっか……すまん」  拍子抜けた隆義だったが、その声は先程からの暗い思考を── 「引き摺ってる、かな? さっき見た事」 「……あぁ」  ──感付いたのか、見透かされたのか、はたまた表情か声に出ていたのか。 とにかく、心は隆義が出す雰囲気が暗くなるのを感じ取ってしまったらしかった。 「……」  隆義は自分の足元に視線を落とし、心の横を通り過ぎようとする。 が、心は慌てた様子でその前へと回りこむ。「待って」 「待てない、シ式はどこにある?」 「下の格納庫で改造中! だから、終わるまで嫌でも動かせないよっ。それよりも貴方は、お母さんとお姉ちゃんに元気な姿を見せて、安心させてあげようよっ」  即答する心は、前に進もうとする隆義を阻んでいる。 しかも両手で隆義の肩を掴み、真剣な表情が顔を覗き込んでいた。 「それに、今シ式に乗って出て行ったって、それから先はどうするの?」 「あいつらを一人残らず叩き潰す」 「それ、戦う意思があるって事だよね? ……けど、誰かへの殺意だけじゃ戦えないよ? 殺されるかもしれないんだよ?」 「っ──」  激情に支配されていた隆義の心の内に、ようやく冷たい水がかかった。死への恐怖を思い出した時、背筋が冷たくなっていくのを感じる。  だが、死の光景は恐怖と同時に、さらに内なる怒りの感情をも呼び起こしていく。  ──ふざけんじゃねぇ! 隆義がそう思った瞬間、寒気はどこかへと吹き飛んだ。 「それが何だよッ! 死んでいった人たちの痛みに比べりゃ何の事も無いだろうがッ?」  感情を爆発させながら、隆義は怒声も同然の声を絞り出す。
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