第六幕 『配れらた〝愚者〟』

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 心は一瞬怯みそうになったが、負けずに隆義を掴む両手に力を籠める。 「落ち着けよッ! その恨みだけで誰かを殺して、貴方のお姉さんとお母さんは喜ぶの?」 「俺一人が卑怯に逃げた事を知って、街の連中が──俺と〝俺の家族〟を許すかよ?」 「待ってよ! 貴方は、助けを呼ぶ為にここまで来たんじゃないか! それは決して卑怯なんかじゃない!」 「?」  心のその叫びは、隆義にとって予想外だった。 「もし街の人たちが、貴方とご家族を責めるなら、ボクたちがちゃんと説明するから!」  ──俺を、責めないのか?  隆義はそう思いながら、眉間に込めた力を解いていく。  顔を覗き込んでくる心の表情は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えないのだ。 「今は落ち着こうよ。お姉さんに、元気な顔を見せてあげようよ……」 「…………」  心の振る舞いに困惑しつつ、隆義は黙った。  怒りに満ちていた表情は解け、ただ戸惑いだけがそこにある。  嫌味も、揶揄も、否定はおろか、茶化す事もなじる事も、侮辱する事も無い。相手を見下さない言葉を聞く事自体が、隆義にとっては久しいのだ。 「……解った」  隆義は言いながら肩から力を抜き、戸惑いの表情のまま心の顔から眼を背けた。  一方、部屋の外では、きゅーちゃんが二人の思考と会話に聞き耳を立てている。 「たかよし……。まわりのひとたちを、しんじられなくなっとったんねぇ……」  きゅーちゃんはふと、隆義に海田市に行く事を提案した時、誰も助けてくれないと言っていた事を思い出していた。  次に浮かんだのは、隆義が通っていた市立霞中学校の荒んだ様子だ。  荒れ放題の学校、我が物顔で横暴を働く不良たち、日常的に振るわれる暴力、そしてそれに対して何もできない教師たち──。 (たしかに、あんなところにずっとおったら、うちでもひとをしんじられなくなっとったかもしれんよ……)  きゅーちゃんがそう思案しながら言った瞬間。  彼女は扉が開く気配を感じ、その場から少しだけ離れる。 「それじゃ、行こっ」 「……あぁ」  元の陽気な顔を見せる心を先頭に、その後ろから相変わらず浮かない表情の隆義が続く。 「うちもー」  きゅーちゃんはごく自然に、隆義の後ろから心について行き始めた。
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