28 裁き

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28 裁き

 …――生きている。  私は、生きている。  しかし、  私は、あの時、死ぬべき人間だったのだ。  乗っていた船が氷山にぶつかり沈んでしまった。そして数人の生き残りと共に救命ボートで脱出した。結果、漂流して、どうやら助かってしまったらしい。現に今、柔らかな布団にくるまれ、暖かい船室で唖然と天井を見つめている。  救助された、のか?  己の手を見つめる。  静かにも足を触る。  …――確かに手があり、足がある。間違いなく生きている。  首だけ動かして部屋の中を確かめてみる。  髭が凛々しい老紳士が一人。  まったく見覚えがない紳士。 「気づかれましたか。わたくしどもの船が漂流する貴方の近くを通りかかったのですよ。そして拾いあげました。しかし、まだ水上です。ここは船の中ですよ」 「私は、助かったのか、……いや、助かるべきではなかった」  思いを吐露する。 「一体何故です?」  老紳士が髭を触って、不思議そうな表情で見つめる。 「私は人殺しだ。いや、人殺し以上の悪漢。漂流する内に死にそうになって一緒に脱出した仲間を殺して食べてしまったのです。全員。これは絶対に許されない事だ」  私は、死ぬべき人間だった。  助かるべきでは、なかった。 「ほうッ」  と老紳士がひとつ頷いた後、うつむき黙ってしまう。  微かに肩が揺れているのが、見て取れる。  笑っているのか? 「ククッ。心配しないで下さい。大丈夫。貴方は我らに拾い上げられたのですから」  笑っている事を隠すつもりがないのか、漏れ聞こえてくる厭らしくも重い笑い声。  なんだ? 「さて話も終わりです。どうやら着いたようです。貴方が行くべき世界。すなわち、在るべき世界へと。お別れです。安心して下さい。貴方が行くべき世界は……」  行くべきな世界?  私は窓へと駆け寄り外を覗き込む。外には百花繚乱な花が咲き乱れる陸地が拡がっていた。逆方向にある窓を見つめる。そこには海にあってはならない対岸があった。確かに対岸だ。ここは入り江? いや、河口か? 一体、どこに着いたんだ? 「あそこは三途の川原ですよ」 「……!」 「そうです。私どもが乗っている船は三途の渡し守が乗る船」 「そ、そんな馬鹿な……ッ!」 「だから言ったでしょ。心配しないで下さいって。あなたの裁きはこれから始まります。閻魔大王様によってね。それまで、どうぞ良き旅路をと祈っておりますよ」  老紳士が、また堪えきれないと肩を震わせて静かに笑った。
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