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30 好き
…――私の上司は大の動物好きだ。
そんな上司の顔つきが、やおらにも鋭くなる。
お昼ごはんを食べに外に出て、上司と一緒に歩いていた。
そこに、
どこからともなく一匹の可愛らしいネコが現われたのだ。
上司は、大の動物好き……、なはずなのだが。
油断しているとすぐさま殺られる。
と毛を逆立てるネコ。
あれ、おかしい。上司の顔も怖いし、ネコもヤバいくらいに警戒している。上司は動物好きだったはずだけど。……今、目の前で繰り広げられている世界は相容れない者同士の熾烈な睨み合いだ。とても動物好きと動物の触れ合いには見えない。
お互いからの憎悪がとめどなく溢れて零れる。
すわ上司は今にも食いかかりそうで、ふわふわの可愛らしいネコと火花が飛び散るメンチを切り合っている。乱れるスーツとネクタイ。そして髪型。飛散するよだれ。まさに殺るか、殺られるか、の殺し合い。本当に上司は動物が好きなの?
現場近くを通りすがった犬も突如、上司に向かって吠え始める。まるで狂ってしまったように一心不乱で。犬もネコと同じく身の危険を察知したのか、威嚇してきたのだ。対する上司もネコに対する憎悪の倍ともいえる威圧感で犬を圧倒する。
ねえ、本当の本当に上司は、動物が好きなの?
私は、ネコと犬から無理やりに上司を引きはがし、そそくさとその場を立ち去る。
息の荒い上司の目が血走っていて、怖すぎる。
フーフーといった激しい鼻息の音も聞こえる。
ネコや犬を前にして、こんなにも取り乱すなんて、とても動物好きには思えない。
思い切って、真相を上司に訊ねる。
「課長は自分が動物が好きだと言ってましたけど本当に好きなんでしょうか? 今の課長は動物と気持ち良くふれ合う事なんて到底無理っぽい気がしましたけど?」
「ハアハアハアッ……」
課長は、興奮のあまり、かいた汗を腕で拭う。
そうして、息を整えて一つ深呼吸。
「そうだね。動物は大好きだよ。間違いなくね」
「でも……、さっきはそうは見えませんでした」
答えを待つ。
「ああ。そうだろうね。でもあの畜生どもは大好物さ。間違いなくね」
「へッ。ち、ち、畜生ですかッ!?」
「焼いて食べてよし、煮て食べて良し、もちろんお好みでスパイスをささっとふりかければあら不思議、極上の主菜に早変わり。三食全部動物でもいいほど好きだよ」
そ、そういう意味の好きでしたか。
し、失礼しましたッ。
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