第1章

7/7
前へ
/7ページ
次へ
 その言葉に私の全身が硬直した。里香を見つめる。里香は目が覚めているわけではないようだった。悪夢にうなされるように。熱に浮かされているように。寝言を言っていた。 「……気が付いていたのか」  気が付いていないはずがなかったのだ。知らないはずがなかったのだ。そのうえで。里香は私の嘘に乗ったのだ。乗ってくれたのだ。私以上の罪悪感を抱えて。これほど。追い詰められながら。 駄目だ。話そう。そう思った。一度、真剣に話し合うべきなのだ。私たちは。夫婦なのだから。里香と香里のことを。今は私たちの娘として育てている。この女の子の事を真剣に話し合って、どうするかを決めるべきなのだ。この女の子に全てを話すことすら覚悟するべきなのだ。私が、この子の両親を殺したのだから。私は嫌われてしまうかもしれない。いや、当然だろう。むしろ私の事を憎むだろう。それでも、この子が自分で判断できる、一人で生きていける年齢になったら私は全てを話そう。それまでは。私の我儘なのかもしれない。私のエゴなのだろう。でも、この子がもう少し大きくなるまでは。黙って私たちの娘として育てさせてほしい。私は神様に小さく祈った。 「お父さん」  その声に私は驚いて香里を見つめる。香里は私と里香に挟まれながら私を見つめていた。 「香里。起きてたのか。お母さんは……」  何といえば良いのか分からず言葉を探していると香里が言った。 「知ってるよ。お母さん。たまに夜こうなっちゃうんだ。心配して声をかけても反応はないけど翌朝には元気になってるから」 「そうか……」  私はそう言うことしかできなかった。里香も発作が収まったのか今は落ち着いた寝息を立てている。 「香里は私とお母さんの事好きか?」 「うん。大好き」  いつもの天使のような笑顔で答えてくれる。私はその笑顔にいつも心救われる。 「だから、気にしなくてもいいのにね」  香里が言った。 「何をだ?」 「知ってるよ。香里」  香里の表情が部屋が暗いせいかよく見えない。 「何を?」  私はもう一度同じ質問を繰り返す。 「お父さんとお母さんが。私のパパとママを殺したことも。私がお父さんとお母さんの本当の娘じゃないことも」  香里の表情が見えた。いつもと同じ天使のような笑顔だった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加