第1章

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 私と里香の間には結婚してから長い間子供ができなかった。十年目にして妊娠したときは二人で飛び上がって喜んだものだ。無事に生まれた娘が二歳になったころ、高熱を出したことがあった。深夜になって急に熱があがった香里はひどく辛そうで私たちはあちこちの病院に電話し、娘を車に乗せて一刻も早く病院に連れて行こうとしていた。 その日はこの地方にしては珍しく大雪が降り積もっていて道路の状況は悪かった。あちこちで事故が発生していて道が通れなくなっていた。病院に向かうための大通りも事故渋滞でまったく動かない状況で、私は思わず普段通らないような細い路地に車を向けた。今でもあの時の判断を後悔している。  そこは狭い住宅街の中で道は細く雪で視界も悪かった。前傾姿勢で運転していたが、何度もスリップを繰り返していた。しかし、後部座席に乗る里香の心配そうな表情と苦しそうな香里の表情を見ていると急がなければという気持ちばかりが募っていた。  視界の悪い中突然、目の前に遮断機と赤いランプが飛び込んできた。振り続ける雪と狭い視界で踏切を見落としていたようだった。慌ててブレーキを踏んだが、スピードが出ていたこともあってタイヤはスリップし止まることなく踏切に突っ込んでいった。  本当に不幸だったのは踏切で停止していた車が前方にいたことだった。私の車はその車を後ろから追突し、二台同時に線路の中に飛び込んでしまったのだ。車が衝突した衝撃で私は頭を強く打ち一瞬意識が飛んだ。次に目を開けた時にはフロントガラス越しに見える電車のライトとけたたましい警笛の音だった。 私たちの車は電車と衝突して二台とも跳ね飛ばされた。私は窓から投げ出されて雪の上に落ちた。雪が柔らかかったからなのか、体に衝撃と痛みはあったが動けないほどではなかった。私は慌てて車に近づこうとするが、そこで衝撃的な映像を見つけてしまった。 香里が私と同じように窓の外に投げ出されて頭を線路に打ち付けていた。慌てて駆け寄るが、出血が酷くその体温は急速に失われていく。私の腕の中で自分の娘の命が今まさに失われていく。私はどうすることもできないまま娘の命が失われるのをただ茫然と見つめていることしかできなかった。そして、香里は私の手の中でその命を失ったのだ。 「……っ」
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