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後ろから声を掛けられて振り返ると、私たちが衝突した車の中の助手席から香里と同じ年ぐらいの女の子を両腕で抱き上げている女性が私に向かって何かを言っていた。その女性の肺は車に押しつぶされており、とても助かるとは思えない。運転席にいる男性はすでに息絶えているようだった。
「この子を。助けて」
わずかな声。かすれて聞こえなくなりそうな声で女性は言った。私は震える手でその女の子を受け取る。女性は直後に息を引き取った。その子は弱弱しい力で私の指を強く握る。私の中で強烈な感情が沸き起こっていた。この子を守らなければならない。絶対に助けなければならない。車の中で意識を失っていた里香を助け出したところで私は気を失った。 病院で目覚めた時、女の子と里香の命が助かったと聞いて私は涙を流していた。それは安堵であり、女の子の両親を死なせてしまった罪悪感だった。
里香が目覚めた時、最初に言った言葉は「香里はどこ?」だった。香里を探し、錯乱したように暴れまわった里香に対し、私は一つの決断をした。
「香里はここにいるよ」
私は、私が助けた女の子を香里として育てると決めたのだ。亡くなった夫婦には身寄りがなく女の子の引き取り手がいなかったこと、香里がいなくなっと知った時、里香が精神的に耐えられるとは思えなかったこと。私の罪悪感そのすべてを解決するために、私は覚悟を決めたのだ。
結局、その事故は私には執行猶予が付き罰金刑だけですんだ。私たちはそれ以来三人で新しい家族として暮らしている。女の子は自分の事を香里だと信じているし、里香も香里だと信じている。いや、本当は気が付いているのかもしれない。母親だから。でも、今の香里を香里として受け入れているのだろうと思っている。誰も不幸になっていない。私たちは幸せな家族だ。私は自分の決断を間違っていたとは思っていない。でも、それでも考えてしまうのだ。本当にこれでよかったのだろうか? と。
「どうかしたの?」
里香が私の顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもないよ」
私が答えると、「そう」とだけつぶやいて先を歩いている香里のもとに近づいていく。
私はこの幸せな家庭を守らなければならない。だから、これは誰にも相談できない。私が死ぬまで誰にも明かしてはいけない秘密なのだ。
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