vain 1

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 私は、できるだけ控えめな妻を演じ続けた。それは罪の意識と、日毎深まる家庭というボール・アンド・チェーンからだった。たまに訪れる、義父母の顔を見る度に胃が縮まる気がした。やがて産まれた娘は、自分の分身には変わりがなかった。でも、確かめた訳ではないのだが、伸之の影がやはりちらついた。幸運な事に、娘の愛菜を浩幸も慈しんでくれた。風邪をひけば心配し、転びそうになれば支えようとした。微塵の疑いも感じてはいないようだ。  それから、何事もなく時は過ぎていたのだが。ある雨の日、憂鬱な鉛の空が不吉な暗示をしていた。私は、ちょっとした食材を買いに、近くの商店に行こうとしていた。傘をさしていて、周囲に対する危機管理も欠如していたのかもしれない。いつもの路地を曲がったところで、いきなり車が飛び出して来た。雨音で車の音が聞こえ辛かった、魔がさしたのだろう。それからは覚えていない。気が付いた時には病室に横たわり、親族が集められていた。状況が深刻なのは私にも分かった。  私は不慮の事故に遭ってしまった。薄れゆく意識の中で、最後の力を振り絞り、彼に言った。 「愛菜の事よろしくね」  それが最後の言葉だった、もう身体中の力が残っていない。ただ、周りの声を聞き取るだけの意識はあった。彼は静かにこたえた。 「血のつながりなど関係ない。俺は愛菜の事を愛し続ける」  衝撃だった。彼は血の繋がらない事を知っていたのだ。それでは、悔い続けていた私の事も? まるで、彼はヨセフのようであり、私はマリアには到底なれなかったようだ。
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