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紳と出会ったのは半年ほど前だった。たまに行くバーが珍しく混んでいて、彼の隣に座ったのが始まりだった。いつもなら、ゆったりとカクテルを飲みながらマスターとぽつぽつと会話をするのだけれど、その日は次々入るオーダーを捌(さば)きながらほかの客の相手もしているマスターに話し掛けるのは気が引けた。手持無沙汰に煙草を取り出して吸い出したところで、隣に座る彼の煙草が目に入った。 「あ、珍しい、アメリカンスピリット」 ふと、思ったことが口に出ていたようだった。それは私が吸っているものと同じ煙草。 「ん?あぁ、一緒なんですね」 彼の第一印象は爽やかな青年だった。私とそう歳も変わらないだろう。真面目そうな、でも気さくな物腰。砕けて話すようになったのは、それから数回、バーで顔を合わせてからだった。 けれど、砕けて話していてもお互いのプライベートにはほとんど踏み込まなかった。仕事の愚痴を漏らす彼の話を聞いたり、こちらが今やっている仕事にどれだけ打ち込んでいるかを話したり。あとは軽く、趣味で聞く音楽や、本の話をした。なぜか連絡先を交換しようとは思わなかった。 そんな関係が変わったのは、つい2ヶ月ほど前だった。お互い酔っていたのもあったし、数日前に私が別れたくて仕方のなかった彼と、やっと別れられた解放感もあった。 「この間、彼と別れたんだよね。ずっと仕事に夢中になってたから、だんだん彼が重荷になってきて。そしたら、向こうから“別れよう”って言われて、すっきりしたんだ」 いきなりそんな話を振られて、彼も驚いたんじゃないかと思う。彼氏がいるなんて話もしたことはなかったのに。 「あぁ、今、だいぶ軌道に乗ってきたって話してたしな。良かったじゃん」 いつも仕事の話ばかりしていただけに、彼の反応はあっさりしたものだった。 「そうなの。やりたかったことを真剣に打ち込めてる今の環境で、彼氏がいて、彼のために時間を割かなきゃいけないって考えることが憂鬱だったから、向こうから別れを切り出してくれて本当に有り難かった」 ここまで仕事が軌道に乗る前までは、本当に愛し合っていた人だった。それだけに、今は重荷に感じる彼だが、仕事が落ち着いたらまた元に戻るかもしれないと思っているところもあったし、できれば彼を傷付けないで別れられないかと悩んでいたところでもあった。
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