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(2)
2週間前。
市街地から少し離れたホテルの一室で、坂木と陽は束の間の自由な時間を過ごしていた。
本部からの仕事の指令があればすぐに動ける体勢だけ整えて。
梅雨の季節が終わり、初夏を思わせる日差しがレースのカーテンを突き抜ける。
坂木の好きな季節だ。
指示が来なければ昔の情緒を残したこの街を、陽と散歩にでも出かけようかとのんびり考えていた。
だが昼を少し回った頃、坂木の端末は指令のメールを受信した。遮光カーテンを閉めながら、チッと軽く舌打ちをする。
単調な仕事であることを祈りながらメールを開いた。けれど文字を読む坂木の顔が曇る。
「……陽」
ソファに座り、自分の端末の画面をずっと見ていた陽が顔をあげた。
「何?」
「次の仕事は組むぞ」
「……」
ほんの少しだけ坂木を見つめて、陽はまた画面に目を落とした。
「うん、わかった」
そして何気ない返事を返してきた。坂木が一番辛いのはこんな時の陽の無機質な反応だった。
“二人で組む”というのは普通の仕事と意味合いが違ってくる。一人が補助的役割をしなければ危険が伴う仕事だ。
けれどリアルタイムで支部や本部との情報の橋渡しをする役割が居なくなる不便性、そして二人だと動きが取りにくいというリスクもある。
『もし自らが対処出来ない状況に陥った場合、先輩に当たるパートナーの脱出を最優先に。そしてOEAの存在を知らしめる物証はすべて消去すること』
それは自らの命もと言うことに他ならない。
いざという場合の冷酷なOEAの対処方も、陽はまるで動じずに受け入れる。
命への執着の無さを感じて、坂木は時たまゾッとした。
その日の仕事は、ある製薬会社から関連グループのデータを盗む仕事だった。
表向きは製薬会社だが、その実、軍事団体と共謀して生物兵器を開発しようとしているという情報が入った。
内部告発も警察の捜査も功を奏さなかった。オンラインからの侵入はセキュリティが強靱なため無理。あとは人の手に委ねられた。
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