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「坂木さんは僕より前に行かないで。ここのシステムやカメラの位置は頭に入れてあるから」
まるで表情を変えずに淡々と指示をする青年に、「生意気なんだよ」といつものように坂木は言い返す。
けれどもひとたび作業に入った陽に、坂木は口を挟まなかった。
その動作ひとつひとつに少しも無駄がなく、しなやかに確実に仕事をこなしていく。
まるでその為に生まれてきたような様なヤツだと以前、辰巳は苦笑まじりに言ったが、坂木は何も言い返せなかった。
その日も最後のゲートに行くまでは難なく計画通り実行に移せた。
データは坂木の手の中にある。
けれど、ほんの少しだけ緊張の糸が緩みかけた瞬間、けたたましいベルの音が鳴り響き、ふだん無いはずの空間にシャッターが降りてきた。
「まずいな」
坂木はごくりと息をのんだ。
「防火用のシャッターだ。大丈夫、コントロールパネルの位置は分かってるから」
そう言うと陽は坂木の肩に手をかけ、じっと目を見つめてきた。
「警報を解除してシャッターを止めるから坂木さんは僕を待たずに外へ出て。大丈夫、僕もすぐに行くから」
「え? ちょっと待てよ!」
けれど陽は少し笑ってすぐにまた薄暗い廊下に消えてしまった。
「おい!」
返事はない。坂木はその場に立ちつくした。
数十秒くらいたっただろうか、警報の音が消えるとともに、閉まっていたシャッターの一カ所がスルスルと開いた。
警備員の駆けつける様子もない。
思ったよりも警備は甘いのかもしれない。
陽もきっと戻ってくる。
坂木はシャッターをすり抜けて植え込みと柵を越え、敷地内から裏通りへ出て様子を伺った。
が、ちょうどそれを確認したかのように開いていたシャッターが耳障りな音と共に閉まり始めた。
ハッとした坂木に追い打ちをかけるように、建物内部で大きな音がした。
金属の扉が閉まるようにも、何かがぶつかるようにも、爆発音にも聞こえた。
「陽!」
シャッターが閉まり、静寂が不気味な白い建物を包み込んだ。
けれどすぐにその静寂を破るように鋭い電子音が響き、呆然と立ち尽くしていた坂木はビクリと我に返った。
耳に仕込んであったインターフェイスのイヤホンが、本部からの電波を受信した音だ。
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