第8話 エレジー

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坂木はクロスを握りしめた。 辰巳にもう一度『大丈夫か?』と聞かれたら坂木は大丈夫だと言える自信はなかった。 またあの感覚が体の中心でよみがえる。 鉛を呑み込んだように胃の辺りが重く、息が苦しい。 フェンスをつかんでゆっくり立ち上がる。 空が少し近づいた。 ------坂木さん 坂木は息を止めて振り返った。 けれどそこには青い空があるだけだ。 あの優しい、いたずらっぽい笑顔はそこにはなかった。 いつも坂木を気遣い、そばにいてくれたあの青年はもういなかった。 坂木はそれでもまだ何かを探すように幻聴の方を見つめている。 「坂木」 辰巳の声が喝を入れるようにビリリとその場に響いた。 「さあ、行くぞ。まだお前の仕事はいっぱい残ってる。お前にしかできない仕事だ。 俺たちが道を踏み誤らないようにしっかり舵をとってくれ」 坂木は緩慢な動きで辰巳を見た。 「ああ……。わかってるよ」 坂木は背を丸めたまま、階下に降りるべくゆっくりドアの方へ歩きはじめる。 すれ違う時、辰巳は静かに呟いた。 「お前は あいつの最後の言葉だけ覚えていろ」 「……」
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