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坂木の背中の震えが一瞬凍り付いたように止まった。
少女の声は続いた。
「堕ちるのなら、貴方と一緒に堕ちようと思った。そう思ってずっと一緒にいたんだよ」
坂木は目を見開いたまま動けなくなった。
「陽……なのか?」
背中で微かに躊躇うような息づかい。
「陽じゃないよ。……でも、彼の言葉を預かってる。聞いてくれる? 坂木さん」
「……」
少女は構わずに話し始めた。静かな、落ち着いた声で。
「もし僕がある日いなくなっても、どうか悲しまないで。
貴方の傍で僕はたくさんの幸せを貰いました。あなたと出会っていなかったら僕は僕でなくなっていたと思います。
でも、僕と出会ってしまって貴方は幾つも辛い選択をしなきゃならなかった。その罪の意識があなたをずっと苦しめているのを知っていました。
ごめんなさい。
どうか、僕の事でこれ以上悲しんだりしないでください。貴方に願う事があるとしたら、ただそれだけです。
ずっとそばに居てくれて、ありがとう。
あなたが、大好きでした」
シンと、地上の全ての音が消えたように辺りが静まりかえった。
坂木は地面にひざまずいたまま目を見開き、そのまま動けずにいた。
涙は止まることを知らないように後から後から頬に流れ落ちてくる。
そばで少女が見つめていることも、誰かにその姿を見られるかもしれないということも、その時の坂木には気にならなかった。
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