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美術館前の少年の像は今日もその瞳を伏せて、何かに向かってかしずいている。
誰もが天使と思いながら眺めている悪魔の像。
そのブロンズ像に近づきそっと頬に触れる少女の細い指。
「あなたの大切な人は泣き虫だったよ」
マキはその少年の目を見つめながら悲しげに笑った。
辺りには人の姿は無く、まるで時間が止まってしまったかのように感じられた。
石段に足をかけてヒョイと台座によじ登ると、ちょうど目線が同じくらいになる。
マキは少年の像に並ぶように座って真っ直ぐ前を見た。
「あなた、毎朝ここに来てたんだよね」
マキの視線の先には美しい造りの教会の屋根が見える。
出勤ラッシュを迎える時間になると朝日が十字架を照らし、乱反射したステンドグラスの虹色の光に体が包まれるような瞬間が訪れる。
周りの景色も音も溶け出すような、夢の中に居るような瞬間。
まるで小さな宝物を見つけた子供のように、陽はその瞬間を見に来ていたのだ。
マキが読みとった記憶の中で、それは宝石のように輝いていた。
「あなたはずっとあの時の、11歳の少年のままだったね」
マキは少年の像を見つめた。
「純粋で、真っ直ぐで。あんな心を持った人、他にいなかった。あなたはそんなこと知らなかったでしょ?」
少年の像はただ物憂げに瞳を伏せている。
まるで静かに、神妙にマキの言葉を聞いているように。
「でも坂木さんにとってあなたは本当に天使だったのかな」
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