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今にも何かを落としそうな鉛色の真冬の空。
吐く息も白く凍る夕暮れ。
溢れる音楽とイルミネーションで彩られた街を行き交う恋人同士や若者達は、それでも浮かれるように笑い合い、楽しげだった。
坂木はジャンパーのポケットに両手を突っ込みながら、少し背を丸め気味にして彩られた街並みを見渡した。
歳は38。背はそれほど高くはないが、均整の取れたガッチリした体つきのせいで、優しげな目元にもかかわらず逞しさを感じさせる。
「俺さあ、クリスマスシーズンってなんか苦手なんだよなぁ」
坂木は頬からアゴに掛けて短く生やした髭を触りながら、後ろを歩いているはずの青年に話しかけた。
何の反応も無いので振り向くと、坂木の少し後方で、その青年は立ち止まって低い街路樹を見上げている。
木にはピンクの風船がひっかかっていた。
すぐ傍には、同じようにそれを見上げる泣きそうな顔の4、5歳の女の子と、母親らしい女性。
長身の青年はジャンプして枝を引き下げ、器用に風船を取ると、慣れない手つきで女の子に風船を差し出した。
女の子は満面の笑顔でその手元に飛びついてきたが、青年はまるで女の子の小さな手に触れるのを避けるかように、風船を持った自分の手を引っ込めてしまった。
「何やってんだ? あいつは」
坂木が顔をしかめる。
ありがとうございますと母親が笑顔で風船を受け取ったが、青年は「いえ」と言っただけで親子に背を向けてうつむき気味にこちらに歩いて来た。
「陽(よう)?」
坂木は彼の名を呼んだ。
もう7年間も片時も離れずにいっしょに行動を共にしているその長身で細身の青年は、名を呼ばれたのに坂木を見ようとしなかった。
横に並んで黙ったまま歩き出す。
坂木はまたか、とばかりに軽く肩をすくめた。
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