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「なんだ? お前、あんな小さな女の子も苦手なのか?」
「そうじゃないよ」
「あんな態度はないだろ? いきなり手を引っ込めて。子供もびっくりしてたぞ」
「え? ……ああ、そうか。ごめん」
「どうした? まぁお前が他人に愛想無いのは今に始まった事じゃないがな。
さっきの母親なんてすごい美人だったじゃないか。もうちょっと人と会話を楽しめないかねぇ。かわいいお子さんですねェ、とか。
そういうのはな、何だっていいんだ。人間ってのはな……」
そこで坂木は言葉を止めた。
陽はじっと自分の手を見つめていた。
笑うととても愛嬌のある魅力的な目が、今は何か思い詰めたように自分の手を見つめている。
―――ああ、そうか、そういうことか。
鈍感な自分に少し腹を立てて坂木は舌打ちした。
『陽(よう)』と言う名は坂木が勝手に付けた彼の愛称だ。本当の名は知らない。
自分たちの組織の中で本名や素性は意味を持たない。
そこでもう7年、二人は組んで仕事をしてきた。
誰にも語れない、誰にも理解されない仕事を。
財と暇を持ちすぎてしまった富豪たちが、自ら「神」になるために立ち上げた
巨大組織、OEA。
One Eyed Angel。―――片目の天使。
法をかいくぐって平然と生きる悪魔を自分たちの手で一掃しようというのだ。
けれど組織に身を置きながらも日々、坂木は葛藤する。
富豪どもは「神」を気取り、使いっ走りの天使は時に善の意味がわからなくなり
途方に暮れて目を閉じる。
“手を下すのは誰だと思ってんだ”
傲慢な老人達に悪態をつきながらも坂木は、足を踏み入れた以上はもう、ここでしか生きられないことを痛感していた。
―――だけど陽はそうじゃない。
「ん??」
不意に首のあたりが暖かくなって坂木は足を止めた。
となりで陽がいたずらっぽく笑っている。
「やるよ、そのマフラー。寒くなってきたからね」
「人を年寄り扱いするな」
むくれた坂木の声に、陽はおかしそうにフッと笑う。
「僕はクリスマス、好きだよ。人の笑顔が増える気がする」
「なんだ、さっきの、聞こえてたんじゃないか」
坂木はポケットに手を入れて少し前を歩く青年の後ろ姿をじっと見つめた。
こいつには、クリスマスの良い思い出など、ガキの頃にあったのだろうかと思いながら。
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