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―――もう少し自分が早く来ていれば。
激しく悔やみながら坂木は、自分の腕の中で動かなくなった細い体を、温めるようにしばらく抱きしめた。
あのまま陽をその場に残してくれば、この国の制度がそれなりにケアし、更正させてくれたのかもしれない。
けれど坂木はそのまま連れ去ってしまった。
すべての痕跡を消し去り、少年をこちらの世界に引き込んでしまった。
なぜそんな事をしてしまったのか、明確な答えが見つからない。
母親を死に追いやった男を自らの手に掛けたこの子を、世間の興味本位な視線に晒したくなかった、という気持ちは確かにあったが、それは思考が戻ってからの後付けだった。
――――ここにこいつを 置いてはいけない。
ただ、そう思った。
他の選択肢など、思いつかなかったのだ。
顔を見られてしまったという理由と、心神喪失状態で脱走の可能性が極めて低いという2点で、OEAはその少年をすんなり受け入れた。
坂木に連れ去られた陽はOEAの施設で少年期を過ごし、そして今から7年前、再び二人は再会した。「仕事」のパートナーとして。
8年間OEAの訓練施設で過ごした陽はもう、すっかりこちらの人間の顔をしていた。
「どうしたの? 坂木さん。今日はしゃべらないね」
不意に話しかけられて坂木はハッと現実に戻る。
「ん? あ、いや、……寒いからなぁ」
「マフラーあげただろ?」
「まだ寒いんだよ! 寒くて死にそうだ。さぁ、もうホテルに帰るぞ!」
「ったく……わがままだなぁ」
あきれたように少し笑って陽は坂木について歩き出す。
いつもそれとなく歩幅を合わせて付いてきてくれる青年の優しさが、坂木には辛かった。
連れ去っていなかったら、今頃こいつは普通の若者のように気楽に笑っていたんじゃないだろうか……などと、今更なのに思う。
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