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「おにいちゃん、これ、あげる!」
不意に背後でかわいらしい、弾んだ声がした。
驚いて振り返った二人の前に、さっき風船を取ってやった女の子がいた。
火照った顔に満面の笑顔を浮かべ、まっすぐに陽を見上げている。
戸惑って一瞬チラリと坂木を見たが、陽はゆっくりと女の子と同じ目線になるように片膝をついてしゃがんだ。
「なに?」
陽の声が優しくなる。
「これね、二つ取れたの。ママと一緒にゲームしてたらね。だから一つあげる」
そう言って女の子はニコニコしながら猫くらいの大きさのテディベアを、陽の胸の前に差し出す。
さっきの風船のお礼のつもりなのだろうと、坂木は微笑ましくなった。
女の子の後方で母親がすまなそうに軽く頭を下げた。
陽は少し戸惑うように女の子の笑顔を見ていたが、やがてそっと両手でテディベアを受け取った。
「もらってもいいの?」
「うん、いいよ。二つはいらないもん」
そう言ってぬいぐるみを持つ陽の手に、可愛らしい小さな手を重ねてきた。
「落としちゃだめだよ、おにいちゃん」
ほんの一瞬、あたりの喧噪がシンとした。
坂木がそう感じただけなのかもしれない。
時間なのだろう、街路樹のイルミネーションがポッと点灯した。
「うん。 だいじにするよ」
陽は優しく女の子に微笑んだ。
満足そうに母親の元へ走っていく女の子を見送った後、陽はそのままの姿勢でじっと手を見つめた。
純真な女の子の手の温もりに、少し戸惑うかのように。
「……その手が汚れていると思うんだったら俺のせいだ。すまないと思ってる」
7年間言えなかった言葉を坂木はようやく口にした。
そしてそれは言ったからといってどうにもならない言葉だった。
許されるレベルのものではないことも坂木には分かっていた。
イルミネーションの光のせいで、夜の闇が深くなった。
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