Dissociation

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「Hello. This is the corporate section. Asuka Endo speaking. (はい、法人部です。遠藤明日香がお伺いします。)」 法人営業に関する英語の応対は彼女に回されることになっていた。諒は無意識のうちに手を止めて、隣の席でメモを取りながら話す彼女を見ていた。 彼女の目線はメモ帳と社員の行動予定表を行き来している。 「I see. How about the next week? ーーThanks. I will confirm his schedule, then I'll send a messege to you. (わかりました。では来週はいかがですか?ーーありがとうございます。担当のスケジュールを確認して、こちらからご連絡いたします。)」 話はまとまったようだった。すると急に明日香の声のトーンが変わった。 「Mr. Craven. I can't answer such a question. (クレヴァン様、そのような質問にはお答えいたしません。)」 子どもを叱るような口調。 ーーあぁ、やっぱり聞いていた通りだったのか。 この会社の秘書が明日香を気に入っているという話しは本当だったようだ。喫緊の予定ではないのだから、担当にメールをよこせば済むはずだ。それをわざわざ電話をするあたり、好意があるのは明確だった。 「Anyway, I appreciate your call..……Yes. See you. (とにかく、お電話ありがとうございました。……はい、では。)」 受話器を静かに置いて、明日香はメモにペンを走らせる。 伏せられた長い睫毛……衝立に阻まれて普段あまり見ない表情に、諒は引き寄せられていた。 「村上さん」 顔を上げた明日香とバッチリ目が合う。諒は咄嗟に営業用の笑顔を作った。 「あ、何?」 「結木先輩が戻っていらしたら、メモを見ていただくように声をかけてもらえますか?」 「了解しました。対応してくれてありがとう。」 少しだけ微笑んで、彼女は席を離れた。彼女のイメージ通りの優雅な香りが少しだけ残っていた。
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