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「美笹がどっちを選んだって、大地も俺も恨まないさ」
星河の不意な告白に、美笹は思わずアイスをゴクリと飲み込んだ。冷たいアイスが喉元を通り過ぎてゆっくり胃袋へ落ちて行く。
「聞こえてたの!」
「美笹もこんなことを悩むお年頃になったんだなあ」
大人びた我が子を愛でるかのように、星河は美笹の頭をがしがしと撫で回した。
「ちょと、やめてよ!」
「よ~しよしよしよしっ」
「もうっ、やめてったら!やめてよパパ!」
「えっ……、パ、パ?」
美笹はしまったと言わんばかりに口元を手で押さえ込んだ。年の離れた先生にすら間違って言ったとしても相当な恥ずかしさなのに、不覚にも同い年の男子にパパだなんて――。
「いま、パパって、言ったかあ?」
星河はとびっきりのにやつき顔になって美笹に擦り寄った。
「星河が私のパパみたいな事するからでしょ!」
今すぐ死んでしまいたいほどの羞恥心が、美笹の全身をのたうち回った。美笹の顔色がぐんぐんと真っ赤になっていく。その恥じらう光景にますます興奮した星河は、美笹の周りをぐるぐると踊り出した。
「うーわっ、恥ずかしーっ。俺のことパパだって!俺がパパだってさあ!」
星河が「パパでちゅよ~」と何度も何度も耳打ちするので、美笹はついにぶち切れた。
『このままでは皆に言いふらしかねないわ』
美笹は星河の服を強引に引っ張って前屈みにさせると、ヘッドバットをするかのような勢いで、おでこ同士をぶつけながら、涙混じりの形相で睨みつけた。
「いいこと?これは私と星河の二人だけの秘密だからね。約束破ったらもう二度と一緒に帰らないから。死ぬまで秘密よ!」
「わ、わかった……」
美笹のものすごい剣幕に気圧されて、星河の美笹を揶揄する気持ちは、飲み込んだアイスと一緒にどこかへ冷たく消え失せた。
――あれから十年後。
今の星河には娘がひとりいる。娘や美笹からパパと呼ばれる度に、あの日の帰り道の約束は、もうちゃらになったかもしれないと、星河は胸を撫で下ろすのだった。
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