毛玉猫が君を呼ぶ

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 あ、いけない。こんなところで立ち止まっているわけにいかない。急がなくては。子猫に気づかなかったことにして会社へ向かうべきだ。本当にそれでいいのか。行くべきか、遅刻覚悟で子猫を保護するべきか。  ああ、わからないとかぶりを振ったそのとき、課長の怒声が鼓膜を突き抜けてきた。そんなはずはないのに『早く来い』と確かに耳にした。  やはり遅刻するわけにはいかない。 「ごめんな、俺、急がなきゃいけないからさ」  そう言葉をかけたとき、子猫が少しだけ顔を上げて「ニャ―」と弱々しい声をあげてみつめてきた。しまった、目が合ってしまった。  ああ、どうするんだ。決心したはずなのに、また考えが振り出しに戻ってしまう。  一樹は腕時計に目を向けて、再び子猫へと目を向ける。つぶらな瞳が助けてと訴えかけている。課長の鬼の形相も浮かんでくる。  一樹は、「ごめん」と叫ぶと子猫から視線を外して駆け出した。  背後から待ってくれとの猫の声を聞いた気がしたが、立ち止まることなく駅へと向かった。 ***
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