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「わかってる、大丈夫だよ。じゃあ、私は先に帰るね」
「ごめん」
「いいよ」
二人は教室を出て、手を振り別れた。結はそのまま玄関に向かう。玄関の軒先で空を仰ぎ見る。重い雲が垂れ込め、先ほど弱まったと思っていた雨も再び強くなっている。
(そういえば、私って雨女だったな……)
誰にも聞こえないほどの小さなため息をつき、結はビニール傘を広げる。土砂降りの雨の中、慎重に足を踏み出した。大きな水たまりを避けつつ、学校を出る。そのままいつもの道を通って家に帰るつもりだった。だが、急に結の足がぴたりと止まった。そして固まったかのように動かない。加えて表情が見る見るうちに曇っていく。
すると結は、自分の帰り道とは逆の方向に歩き出した。表情はもちろん険しいままである。そして次第にその歩みは早くなっていく。まるで何かに導かれるかのように、目的あるその歩みは学校のある住宅街を抜け、大きな通りへと進んでいった。今日は雨ということもあり、人通りはほとんどない。時折通る車が、水しぶきを上げて通り過ぎていく。
少し歩くと、交差点の付近に人だかりができているのが見える。結は迷わずその方向に足を向ける。近づくにつれ感じるのは、ざわざわとしながらもどこか重苦しい空気であった。そこで結はやじ馬たちの会話に耳を向けた。
「かわいそうに……まだ若そうだったわ。きっと会社員よね、スーツを着ていたから」
「何があったの?」
「交通事故だそうよ。血がたくさん流れてて、きっともう助からないでしょうね……」
「そんな……つらいわね……」
結は現場である交差点に目を向けた。警察の人や鑑識の人がまだ作業をしている。しかし、血などの汚れはきれいに取り除かれていた。それでもじっと見ていると、生々しい死がそこにあるように感じられる。そして頭の中に浮かぶのは、車と肉の塊である人間がぶつかる音、目撃者の叫ぶ声、じわじわと流れていく血とあふれる鉄と死のにおい……
死の現場には、特有のどろどろとした気配がある。今この瞬間もそれを肌で感じ取っている。今まで結は、それを数多く経験してきていた。なぜなら彼女は……
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