第一話 見えない毒 ―現在の「死」―

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        1  誰の目にも映らない、存在自体忘れられてしまったような、そんな古びたビルの一室。外はあいにくの曇り空で、日の光がほとんど入ってこない。今は梅雨の季節真っ只中、こればかりは仕方がない。しかし、ただでさえ薄暗い場所なのに、ますます薄暗くなり気が滅入りそうになる。加えて蛍光灯も古いのか、あまり戦力になっていないのが現状だった。 結は古びたソファに座りながら、ついため息をついてしまう。それに比べてこの部屋の主は、全くそんなことは気にも留めていないようで、鼻歌なんかを歌っている。結はさらに深いため息をついた。しかし、それも仕方ないことなのかもしれない。なぜならあの人は、結のような人間と比べると、感覚がずれているのかもしれないのだから。  彼女は今、部屋に入ってすぐの応接セットのソファに座っている。そして奥には窓を背にして大きな書斎机に立派な椅子が置いてあり、そこに部屋の主である彼が座っている。部屋の両壁にはファイルを仕舞っている棚があったり、ファックスなどの機械も置いてある。こうなるとパッと見は、ただの会社の事務所にしか見えない。まぁ、事務所と言っても間違いではないのだろうが、彼の正体を考えると素直にうなずけなかった。  結はあらためて彼の方を見る。そして思い出されるのは、やはりあの最初の出会いだった。 「君だって、死、視えてるよね?」  その言葉を聞き、固まる結。その表情は、一瞬で能面のような無表情に変わってしまった。男性はそれを見て、しまったという顔つきになり、天井を見上げる。彼女が一番気にしていることであることは、少し考えればわかることだった。 この年頃は、人と違うことを恐れ、隠したがるものだ。分かってはいたのだが、言ってしまったものはもう仕方がない。男性は顔色をうかがいながら、おそるおそるこう言った。 「えっと……立ち話もなんだから、中に入ろうか。コーヒーぐらい出すからさ」  結はわずかにそっとうなずいた。それを見てホッとした男性は、結を部屋に招き入れる。彼女をソファに座らせ、彼はコーヒーを入れ始めた。次第にコーヒーの良い香りが漂ってくる。結の前に淹れたてのコーヒーを置き、男性は向かいの席に座った。そして彼は軽い口調で話し出した。
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