第三話 愛情のゆくさき ―過去の「死」―

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       1  姉の命日が近づいていた。  結は仏壇の前に座り、姉の写真を見つめていた。姉はいつものように、結に笑いかけてくれている。そんな姉が死んだのは暑い夏の日だった。この命日が近づいてくると、結は自分の心がざわざわと揺れ始めるのを、嫌でも感じてしまう。  命日というのは、亡くなった人を思い出し偲ぶ大切な日。だが若くして亡くなった姉の場合は、いまだに悲しみまでも思い出してしまう。それは結だけでなく家族も同じである。それゆえに、悲しみの空気が日に日に濃くなっていくのがわかるのだ。  次第に難しい顔になっていく結。苦しさが心を覆い、あふれ出してしまいそうだった。 (お姉ちゃん、ごめん、ごめんね……)  何度言ったかわからないその言葉は、姉に届いているのだろうか。 結が苦しみの底に沈もうとしていたとき、隣のリビングから母の声が聞こえた。それが結を現実へと引き上げる。 「結、ひま~?ひまならおつかい行ってきてほしいんだけど……」 「……うん、わかった」  結は立ち上がり仏間を出ようとする。そしてふと振り向き姉の写真を見ると、先ほどまでは笑っていた姉の顔が、今は悲しそうな表情浮かべているように見えた。 それは結の心がそう見させているのか、それとも本当に姉が悲しんでいるのか、それはわからない。だが結は、姉にそんな表情をさせているのは自分であることを理解している。きっと姉は、あきれ悲しんでいるのだろう。罪悪感に苛まれ、一歩も進めずにいる結のことを……。  夏も半ばになると、暑さにも慣れてくるようだ。結自身も暑さに文句を言うこともなくなり、そこそこ夏を楽しめるようになっていた。 結は今、おつかいのためにスーパーに向かっている。向かっているのは安いことで有名なスーパー。少し距離があるために今日は自転車だ。風を切って進むのはとても気持ちが良く、爽やかな夏の空気が心を刺激する。 風に身を任せていると、子供たちの遊ぶ声がいろんなところから聞こえてきて、まるでいつもより街中が明るくなっているようだった。それらは結にとって、本当にいい気分転換になった。あのまま姉のことを考えていたら、精神的に良くないことになっていただろう。
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