家の事情

3/5
前へ
/16ページ
次へ
「おかえり。暑かったでしょ?」 玄関の鍵を開けてくれた姉が、持っていたうちわでパタパタと扇いでくれた。 「ただいま。姉ちゃん、昼飯、何?」 「素麺」 「やった!」 喜ぶ俺を見て微笑む姉は4歳違いの高校3年生だ。 どんなに受験勉強が大変でも、それを言い訳にして家事の手を抜くようなことはしない。 しっかり者で気が強いけど、優しくて情が深い。 見た目も性格もお高く留まった美人じゃなくて、かわいい感じ。 部活のみんなの夏休みの昼飯は菓子パンかカップ麺だと言っていた。 だから、素麺とチャーハンとスパゲティとうどんがローテーションされるとしても、我が家の昼飯に文句を言ったらバチが当たる。 「茄子いっぱい揚げたからね」 姉が揚げたて熱々の茄子としし唐を皿によそった。 紫色にテカテカと輝いた茄子の素揚げが旨そうで、ゴクンと唾を飲み込んだ。 うちの素麺は揚げ茄子とみょうがを乗せたもの。時々、今日みたいにしし唐も加わる。 暑い中、冷房の効かないキッチンで揚げ物をしていた姉の顔は真っ赤で、鼻の頭に汗をかいていた。 母はフルタイムで働いているから、夏休みの昼飯は姉が作ってくれる。 2人で向かい合って素麺を食べる幸せ。 こんな日がずっと続くと思い込んでいた。 「明日はチャーハン作って冷蔵庫に入れておくから、チンして食べてね」 ふと思いついたように言った姉が壁のカレンダーを見たから、つられて俺も見た。 そこには大きく『オープンキャンパス』の文字。 去年の今頃、姉は地元のI大のオープンキャンパスに行った。 国立だし、近いからI大にすると言っていたのに。 姉は6月に入ってから急に東京の大学に行きたいと言い出した。 明日、見に行くのも東京の国公立だ。 母は「美弥(みや)の行きたいところに行けばいい。お金は何とかするから」と言っているけど、俺は絶対反対だ。 姉が東京に行きたい本当の理由を知ってるから。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

258人が本棚に入れています
本棚に追加