東森正史

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 さて、少し時間が空いたから僕のことを話そう。たまには自らを振り返らなければ、人も妖怪も成長しないものだ。  僕は名を東森聖(あづまのもりのひじり)と言う。俗世を離れる前に母から頂いた名が聖、そしてこの「昏き森」が国の東に位置していたことからそう名乗っている。とは言え、この名を名乗ることで何らかの意味を持ったことは――、そう、今まで一度しか無いのだが。  僕は見た目こそ人間だが、実際は半妖(はんよう)、半人(はんじん)等と呼ばれる種族である。言うなれば人間と妖怪のハーフだ。それ故に寿命は人間よりも遥かに長く、反して外見の変化は人間よりも遥かに遅い。先程も少し話したが、この外見の変化が人間よりも遅いことが、僕を「昏き森」へと追いやったのだ。  人は永遠というものに強く惹かれる。永久、永劫、恒久……その他凡そ永遠に似た意味の言葉を好む。だがそれ故に変化、特に劣化というものを人間は恐れる。同じ理由で、母は僕を恐れた。永遠にも似た長い時を経ても若い姿のままであった僕を恐れ、自らの老いを恐れて醜く土に還っていった。  僕はその時、初めて永遠というものに恐怖を感じた。僕の心を酷く抉った傷は、それこそ死ぬまで「永遠に」消えることは無い。村を離れる時に感じた、村人達の視線や声も、死ぬまでは「永遠に」頭を離れないのであろう。  ……人間らしく言うならば、かくして僕は「昏き森」の仙人となった、というところか。大して面白くもない。  長々と考え込んでいる間にどうやら日が暮れかけているようだ。昼間でも日差しはあまり無い「昏き森」だが、夜になると人間が恐怖する真の闇が訪れる。その闇は、人間の最も信頼するものである光を容易く呑み込むのだ。半分妖怪である僕と言えど、半分人間である以上はこの闇に逆らうことは出来ない。完全に日が暮れてしまう前に眠ってしまおう。  そうして僕は用意した木の実に手を伸ばしたが、木の実はいつの間にか無くなっていた。そこには薄暗闇の中で不気味に白く映る丸い皿があるだけだった。
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