東森正史

5/8
前へ
/8ページ
次へ
 彼女に初めて出会った日もこのような土砂降りの雨の日だった。「昏き森」では妖怪が鳴くことはあれど、赤子が鳴くことは無かった為、森に住む者達は大層驚いただろう。「昏き森」に、生まれて間もない赤子を捨てる非情な人間がいるのだと思うと、やはり人間として生きる道を捨てた僕の考えは正しかったのかも知れない。  さて、「昏き森」の妖怪達は害の無い人間に危害を加えることはしない。人間に対する一定の理解もある。だが、人間との共生を経験していない彼らには、やはり赤子を育てるということに抵抗があった。そこで僕に白羽の矢が立ったのだ。  赤子が自力で生きられるようになるまでの間、僕は彼女の世話を任されることになった。僕自身子供の世話には不慣れであったが、少なくとも他の妖怪に任せるよりは幾分安心ではあった。  彼女が僕のもとを離れたのは一五歳の時だったか。それまで僕は彼女に、この「昏き森」での生き方を教えてきた。  彼女を俗世に行かせることだけはしたくなかったのだ。「昏き森」に産み落とされた以上は、彼女もまた「昏き森」と共に生き、「昏き森」と共に死ぬのが幸せだろうと思った。辛い過去をわざわざ知る必要も無いだろう。  さて、天は成長の過程で自ら生きる為の術を学んだ。彼女が如何なる職を持って生きるか、ということだ。日々の生活の中で彼女が求めたものは魔法、つまり魔女としての生であった。  無論、魔女になりたかったというよりは、魔法を使えるようになりたかった、ということだろう。そして魔法を使いたいと願えば願う程、彼女は自身が何の取り得も無い平凡な人間であるという事実に挫折するのであった。  だが、そのような人間だからこそ感じられる喜びもあるのだろう。血の滲む努力の先に見える成果を手にしたその喜びは、魔法や妖術の類が使用出来て当たり前の妖怪には決して分かり得ないのだから。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加