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先程、父の店に来ていた一人の青年が自身に向けられた槍による一撃を防いでいたのだ。
一撃を防いだのは具体的に言えば、青年が持っていた剣だった。少女は当然知るはずも無いが、青年が左手で持っている剣はこの国では珍しい刀と呼ばれる種類のものであった。
刀身は長く、触れたもの全てを切断してしまいそうで、美術的価値さえありそうである。
「……お前ら、その子だけならまだしも、プルアにまで槍を振るうっていうのは筋違いじゃねえのか?」
――声は、冷たく、強く。
――目には、強い意志、怒りがある。
「なにい。貴様ぁ」
「もし、この場でプルアを殺ろうってんなら……残念ながらお前らをここで斬らせてもらう」
「貴様! あまり調子に――」
「――ふん、良いだろう。行くがいい」
パンパンと手を叩きながら、その男は兵士に告げた。その声には少しだけ何かを含んだ笑みが隠されているような気がした。
「え……はっ。了解しました」
意外な命令を受けた兵士は納得がいかないような顔を浮かべながら、少年を連れて去っていった。
青年は、刀を納め少女の下へと向かう。
「すまなかったな。ちょっと頭に血が上ってしまったようだ。さらばだ」
そう言うと男は去っていった。風はようやく吹き止んだようだ。
「ふう、大丈夫だった? プルア? あっ、プルア!?」
少女は青年の声など聞かず駆け出した。そう、キオロと呼ばれた少年の母親の元へ。
「大丈夫ですか!?」
「キオロ……キオロ……キオロ……」
うつ伏せになって倒れていたその女性は、キオロと戯言のように何度も、何度も呟いていた。
「お兄ちゃん! ちょっとこの人を家まで運ぶから手伝って!」
「あ、ああ分かった!」
風が吹き止んだのはこの街では珍しい。
曇天の前触れだった。
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