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「短夜(みじかよ)とはいえ、朝方には雪が降ったりするんですよ」
「みじかよ……?」
「短い夏のはかなさ、その惜しむ気持ちを短夜と読んだ季語ですよ」
まったくもって腹立たしい。
あいつもタコの足のごとく無駄に博学だった。
ここはアラスカのフェアバンクス。
北極圏に近い都市で、オーロラ鑑賞で有名なところだ。
そしてこの水無瀬は、オーロラロッジのオーナーである。
私はこの極北の地に、オーロラを見に来たのだ。
「オーロラが出るには時間がありますから、そろそろ話してくれませんか」
水無瀬がおもむろに切りだした。
「火神さんは、ここで死ぬつもりではありませんか?」
図星だった。
私はこのオーロラの地で、再び死出へ旅立ちたかったのだ。
「この時期にオーロラ鑑賞に来る人は稀ですし、火神さんは注意事項の説明も聞いていませんでしたからね。それに……」
「それに、何ですか?」
「その眼です。火神さんのそれは、あの世を垣間見た眼をしています」
「それは水無瀬さん、あなたも同じ眼をしていますよ」
「やはり火神さんも臨死体験をしているのですね?」
水底のように沈んだ眼を見ながら、重くうなずいた。
──それは1年前のことだった。
私はあいつ──風間(かざま)と婚約をした。
風間は同い歳の幼なじみで、18年付き合った末の婚約である。
それが幸福の絶頂で、その向こうは悪夢の絶壁だった。
婚約報告のため実家に車で向かう途中、居眠り運転のトラックに衝突された。
私は頭蓋骨骨折で病院に運ばれ、危篤状態のまま蘇生手術をされた。
その手術で心停止になり、実質的に一旦は死んだ。
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