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でも心電図のピッーという音は、たしかに耳に届いていたのだ。
私は手術台にのせられた自分を見下ろし、そして高いところに落ちるように翔んだ──。
「光のなかにいたのよ。光はたおやかに溢れていて、明るいほどではなくて、とても温かかった」
「中央は白く輝いている場所ですね」
「身体の重さをまったく感じなかったの。自分でも、もう死んだか、死ぬ途中だというのは認識していたわ」
「自分が帰る場所はここだと、根拠もなくそう思ったのですね」
「素晴らしい場所だとわかったの。そこで寄り添う人の存在を感じたのよ」
「それは火神さんの大事な人だったのですね」
「婚約者の風間が、そこにいたのよ」
私は眼を伏せながらうなずいた。
──白い空間に佇む風間が微笑んでいる。
それはいつものお人好しな笑みだった。
私が駆け寄ろうとすると、彼の笑みが制止を促した。
“ミフユ、君は戻らないといけないよ”
私は首を左右に振り、風間のいる世界に行きたいと望んだ。
“ミフユ、帰るんだよ”
風間が悲しそうな表情をした。そんな顔を見るのは初めてだ。
なおも諦めずに手を伸ばすが、急に体が重力を感じた。
“ミフユ──”
風間が何かを口ずさんだ。
けれども落下の耳鳴りで、彼の言葉が聞き取れなかった。
最期に見た光景は、風間の頭上で輝く光帯だった。
私は風間がいた白い空間から、水底のような世界に落ちていった──。
「そして、私は蘇生した」
「婚約者の風間さんは?」
「……運転席の風間は心臓破裂で即死だった」
「火神さんは臨死体験で訪れた世界を信じますか?」
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