運命の糸

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家を出て、目に飛び込んできた異様な光景に驚愕した。老若男女、道を行く人々の小指に赤い糸が繋がっているのだ。中には糸のない者もいたが、一体これはどういう事だ。人々は何事もない様子で平然と歩き、糸の存在を認識していないようだ。どうやらこの糸が見えているのは僕だけらしい。 運命の赤い糸の話は、噂程度でなら僕も知っている。これがその糸なのだろうか…。 ふと、自分の左手の小指を確認すると、いつの間にか自分の小指にも赤い糸が繋がっていた。とんと女性には縁のない人生を歩み、独身を覚悟していた自分にも運命の相手がいるのか…。 その時、僕の中で一つの想いが芽生えた。 「いずれ出逢うであろう相手と逢ってみたい」 この糸の先に運命の相手がいる。それはどんな人なのか…。せっかく糸が見えるのだ、これを辿らない手はない。僕はだから旅に出た。運命の相手に逢う旅に…。 しかし運命の相手とは誰なのだろう…。会社で経理を担当している西田さん、それとも、たまに行く喫茶店の女性店員吉岡さんか…。 心当たりを考え歩いていると、向こうから一人の若い女性がやってきた。黒髪で着ている服も落ち着いており、いかにも大人の女性といった雰囲気。嫌いではないタイプだ。赤い糸は、名前も知らないその女性へと伸びていた。まさか、こんな早く運命の相手に逢えるとは。 あまりの嬉しさに、僕は思わず女性に声を掛けていた。 「どうもこんにちは」 突然声を掛けられた女性は驚き、僕を見ると、警戒して言った。 「こんにちは。失礼ですけど、どなただったかしら」 女性の態度は無理もない。なにしろ、僕はこれから出逢う相手で、まだ僕の事を知らないのだ。 そして僕も、勢いで声を掛けてしまった事を弱冠後悔した。なんと言えばいいのだろう…。次の言葉を探していると、とんでもない事実に気づく。繋がっていたと思った赤い糸は、相手の小指でなく、腰に巻かれたベルトに引っ掛かっていただけだった。 僕はしどろもどろになり、苦し紛れに言う。 「あ、あの、駅にはどう行けば…」 「ああ、駅ですか。駅はこの道を真っ直ぐ行けばありますよ」 「…どうもありがとう」 「いいえ」 女性はニコリと笑い、去っていった。 ホッと胸を撫で下ろし、今度はよく確認しないとと自分に言い聞かせる。
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