泡と淡水魚

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 彼は一瞬だけ寂しそうに呟いた。 「好きな人とか……。いたんですか?」  彼は何も答えずにビールを煽る。  顔に赤みがでてきた。  涼しい風に当たり、私は水平線の向こうを見つめた。 「どうして。山か海に行きたかったのか。自分でもわからない気がする。ただ、自然が好きなだけかも知れない。毛利さんは海は好きですか?」 「ああ……。俺もそんな感じだ。友達に誘われた時に、友達と海で遊んでいたい気持ちがあったんだけど、なんでかはわからないんだ……。でも、海は好き」  明かりを点けた海の家から由比が走って来た。  所々、貝殻の目立つ砂浜は足跡がついては波に流される。 「お姉ちゃん。もう行くの?」 「ええ……」 「俺も行く」    私は半分死んだ。  交通事故で。彼氏と一緒に乗った自転車で車に轢かれた。二人乗りは駄目だと学校の先生には言われていた。いつも二人乗りで下登校をしていた。  彼が好きだった。  でも……。  彼はもう帰らない……。  私は半死に一生を得るように、不思議とあの世へは行かなかった。  空へと行かず。海と山。  自然に帰りたかった。  高校生活最後に……思い出が欲しかった。  妹の協力でしばらく学校に通った。  いつもいつも、つまらない。  先生や友達は誰も私に話しかけない。  私を見てくれるのは、いつも妹だけだった。  私がどんな姿なのかはわからない。  毛利さんも同じようだ。 「あのね。お姉ちゃん……。淡水魚の姿になっているよ」  妹の言葉はあまり気にしなかった。  だから旅に出た。  家でペットとして飼っていた水槽の中の淡水魚は、ある日忽然と消えていた。妹が私を見つけてくれなければ、私はどうなっていたのだろう。 「その男の人も……。同じ姿……だよ……」  私と毛利さんは海に入った。 「お姉ちゃん。きっと、戻ってきてね。人間の姿に戻ったら……。きっと、戻ってきてね……」  海で泳いでいると、この上ない自由が得られると入った瞬間に思った。  そう……。  毛利さんと一緒に……。  あの世には行かない……。 彼氏のことも忘れて。 自由を得るの……。 それが私の最後の思い出作り。
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