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「昔ね、おれは奴隷だった。何度も売り飛ばされたさ。口先ばかり道徳説くやからには、倫理なんてないんだから。表じゃ奴隷廃止を訴えながら、裏じゃ奴隷を何人も抱えてるやつもいた。そんななかでさ、とある町の金持ちの気まぐれで奴隷から解放してもらった。解放されたはいいが、なんも仕事無くてさ。元奴隷なんかに仕事を与える人間なんていないんだよな。
その町の中にしばらく住んでいた。というか出ていくほどの金も余裕もなかったし、考えもなかった。与えられた仕事に食らいつくように、おれは必死になった。何日も物が食べられないことだって、寝れないことだってあった。いじめられもしたさ。無実の罪を被せられて突然解雇されたり、警備隊に連れ込まれて拷問もされたりした。一番つらかったのは、その町の人間のほとんどがおれに起こっていることを見て見ぬふりをしていたことだ。耐えた。奴隷のときより幸せだと信じて」
言い切ると同時に彼は、話の途中に用意したお茶を少し口に含んだ。私は彼の話を息を止めて聞いていた。興奮するたび、彼の言葉に懐かしいなまりが混じる。それを聞き逃したくない一心だった。
「ある日魔物に出会った。幼い金持ちの子どもを襲っていた魔物にさ。おれをいじめていた奴らも、見て見ぬふりをしていた奴らも、みんな魔物に立ち向かおうとしなかった。怖かった。でも、おれはさ、その子供が恐怖を顔に張り付けてる姿を見てさ、絶対助けたる、そう思ったのさ。そう思ったとたん傍にあった棍棒を掴んで、魔物に体当たりしていた。無我夢中だった。いつの間にか血まみれになって立ち尽くしていた。そんな時目撃した人はどう反応すると思う? 」
突然話を振られて、私は戸惑う。私は少し頭を傾げて、「称賛する」と答えた。理由は至極簡単だ。魔物から子供を助けた人間に批判なんて当てはまらない。
彼の口からは私の考えとかけ離れた否定の言葉が、笑い声とともに漏れ出た。
「違うんだよ。ハハッ。あのときは参ったさ。恐れられ、よけいに嫌われたんだから。子供の親に至っては、早く出て行けって、とんでもなく冷たい視線で正面からののしられた」
そういいつつも彼は楽しげだ。懐かしいのだろうか、声が暖かいものである。目に見えないけれども、彼がくつろいだ雰囲気となっているのが伝わってくる。
「その時にはちょうど金がたまっていた。そしてある目的のため、おれは旅に出た」
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