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その日、俺は彼女に頼み事をした。
「これに、『おかえり』って吹き込んでくれないか?」
彼女は意味も分からず、愛くるしい瞳でそれを見ている。
差し出したものはボイスレコーダー。
「どうして、そんなことしないといけないの?」
澄んだ声が不思議そうに尋ねてくる。
まあ、そう思うのも仕方のないことだ。俺は素直に事情を伝えた。
「俺は君の声が好きなんだ。だから、仕事で疲れて帰った時に、いつでも君の声に出迎えられて元気になりたいんだよ」
自分の願望を伝えると、彼女は少し驚きながらも照れたように笑いかけてくれた。そして、恥ずかしそうにボイスレコーダーに向かい『おかえりなさい』と、囁きかけた。
「ありがとう。これで毎日、頑張れそうだよ」
彼女はとても嬉しそうにしている。この期を逃すまいと、俺はもう一つの願望を伝えた。
「そうだ。今度、家に来ないかい?」
「……えっ? でも、奥さんが……」
「ああ、それは大丈夫だよ。妻はもう、ないから」
彼女は戸惑っていたが、どうにか説得させ頷かせた。
……さあ、あと少しだ。
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