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無題
透き通る歌声は、人々を魅了して止まないけれども。
――彼が歩く道は、茨の道だった。
「名が売れたら帰って来る。」
止めれば良かったと、後になって後悔する。
けれども、その時の私は知らず。
彼がそう言い残して、送ってくれる手紙を胸に、ただ日々を待って過ごしていた。
けれども、最後の手紙から一ヶ月が過ぎ、半年が過ぎ、一年が過ぎても。
――新しい手紙をくれる事はなくなりました。
「今、貴方は何処に?」
彼の辿った道を追うようにして。
――だから旅に出たのです。
旅先で知り合う人々は、誰もが彼の事を知っていて。
何処へ向かったのか、教えてくれました。
「ありがとう、ありがとう。」
親切な方々へ感謝の言葉を返し、なけなしの路銀を手に、歩を進める一人旅。
女である事を隠す為、長かった髪は酷く短く刈り上げてしまい。
今の私は、誰が見ても少年にしか思えないでしょう。
それでも、私は会いたかった。
一目会って、無事を確かめたかった。
貴方に会って、いつもの歌声を聞かせて欲しかった。
「今、貴方は何処に……?」
呟く言葉が、知らず知らず詩になるとも知らずに。
私は唯、彼の後だけを追い続けて。
辿り着いたのは、とある国の城下町でした。
そこで、衛兵をしていたという人物から、懐かしい調べを聴きます。
それは。
それこそが。
彼が残した、最後の歌だと、後になって知り。
「ああ――神様。」
こんな事なら、他に女でも見つけてくれた方がマシだったと思う。
裏切られても、こんな真実を知るよりは、生きる希望も得られたと――。
「残念だったなぁ。良い歌を作る吟遊詩人だったが、あんな不味い発言しちゃぁねぇ。」
衛兵をしていたという男性が、そう言って同情の眼差しを向けて来る。
そんな彼の口から伝えられた話では。
――彼は既に、土の下でした。
「何故、何故なの――。」
名が売れたら帰って来るよ、と。
式の準備も整え、待っていたというのに。
貴方は居ない。
もう、どこにも居ない。
「帰らないの?」
帰って来ると言ったのに。
「名は売れたじゃないの。」
お城に、上げて貰えるくらいに。
「どうして、死んだのよ――っ。」
私を置いて、逝ってしまうなんて。
その後、悲しみに暮れ、生きる目的さえも失った私が。
――固い決意を胸に宿して、復讐に生きたのは、また別のお話。
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