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「どうした?」
「どうもしない。」
ベランダに座って外を眺めている俺に飯塚は何かあったのかと心配するように言った。
ベッドから抜け出して、外を眺める姿をみれば心配もするだろう。なんとなく目が覚めて、隣が空っぽなことに気がつき、探してみれば外を眺めているーそんな相手を見れば俺だって心配する。
夢を見て、なんとなく目が覚めて水を飲んだら少しだけ考えてみたくなっただけだ。
「夢をみたんだ。」
「夢?」
飯塚は隣に移動してきて横に座った。
「もう、ここに座ることもできなくなるだろうな。また冬がくる。」
「もう少し先のことだ。」
伸びてきた指先が俺の左手を捉えてしっかり握る。
温かい・・・誰かの温かさが触れると自分が一人ではないことを知らせてくれる。誰か・・・ではないな、飯塚だけが教えてくれる、飯塚だけが持っている温かさ。
「石川と渡辺と、お前と4人で飲んでいる夢だった。そんなのを見るのは、会社勤めもあと何日かって所だからかもな。お前も見た?」
「いや・・・そういう和やかな夢は見なかった。でも・・・夢は見た。」
「どんな?」
飯塚の手に力がこもった。ギュっと握られる手は、離れるなと言っているようで応えるために力を抜く。
「俺達がバラバラになる・・・夢。俺は目が覚めて逆夢だって自分に言い聞かせた。でも何回も同じ夢をみるから正夢で、自分が自分に警告している、そう思ったよ。武本がくれた包丁の箱に手を伸ばして、その確かな存在に安心した。ずっと一緒に仕事をしていたのに無くなる、その不安だったのかもしれない。」
俺も怖かった、正明が万年筆をプレゼントしてくれて、気持ちが上向いたけれど、いいようのない不安は消えることがなかった。
あの頃はまだ気持ちを確かめる前だったし、飯塚が溜め込んだシャツの事も知らなかった。包丁とシャツの交換・・・懐かしいな。
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