<常連 すずさんの巻>

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カツカツとヒールの音をさせながらカウンターに戻ると、実巳君はもうパスタを握っていなかった。 「すずさん、相変わらず忙しいよね~。このまま会社もどるんでしょ?」 「残念ながらね。」 ラグーどころか昼ごはんすら喰いっぱぐれ状態じゃないの。 帰りにコンビニでおにぎりでも買って帰らないと午後の仕事に影響がでそうだわ。 あ~~あ。 「すずさん、押し売りしていいかな。」 「押し売り?」 カウンターの上にコトリと皿が置かれた。 真っ白の皿にのっているのは、湯気がたつアツアツのパニーニ。 「え、これ何?」 「電話の様子じゃパスタは無理っぽいから、今日の賄い用に作ったラタトゥユとモッツァレラのシュレッドを入れたパニーニだよ。賄いだからくず野菜がたっぷりで見た目は売り物にならないけど、味は抜群だから隠れちゃっていれば問題なし、そして。」 皿の横に今度はスタバのタンブラー。白熊のイラストが入っている北海道バージョン。 「俺のタンブラーなんだけど、テイクアウト用のカップがなくてね。コーヒーとパニーニで¥540。いかがでしょうか。」 「こんなのメニューにないじゃない・・・。」 「ないよね~だって今思いついたし。コンビニやマックよりいいでしょ。仕事しながらでも食べられるし。お腹グーグー鳴ったら恥ずかしいでしょ。お腹鳴らしているすずさん、可愛いけどね。」 ケラケラ笑う実巳君。 なんだか涙がでそう。人から受ける心遣いって、不意打ちだとものすごい破壊力がある。 まったく、この人タラシめ! 「こんな押し売りなら大歓迎よ。あと10歳若かったら実巳君にアタックしてたわ。」 「愛があれば歳の差なんて~それは冗談だけど。 すずさんの彼氏に殴られたくないので、せいぜいお抱えシェフぐらいにしておきますよ。 またお二人で来てください。」 ごめんね、テイクアウトの備えがなくてさ。実巳君はそう言いながらオーブンペーパーを一度クシャクシャに丸めて柔らかくしたあと、パニーニを包んでくれた。 「タンブラー返しにくるから。」 「いつでもいいですよ。ラグー仕込んで待っています。ありがとうございました。」
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