私の帰る場所

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上京して三年が経った。 今の会社に勤めてまだ一年あまり、すでに新人扱いなどされず私は今日も大量の仕事を押し付けられデスクでパソコンとにらめっこをしている。 時が経つのは速いもので、ほんの少し寄り道に勤めたはずのこの会社が、今では本業と言って差し支えない。 こんなはずではなかった。そう言ったところで何が変わるわけでもないが、この街に来たときはそれこそ夢しかなかった。 それが今じゃ路線を大きく外れて脱線寸前の毎日。いっそこの会社も辞めてやろうか。決してやりたくてしている仕事でもない。 私は世話しなく動かしていた指を止め、大きく伸びをする。 どうも疲れが溜まっているのか、良からぬことしか考えが巡らない。息抜きがてらスマホを取り出し暗い画面に明かりを点すとメールが一通届いていた。 『俺、一目惚れした』 弟からだ。専門学校卒の私と違って四年大学の弟は未だ実家暮らしでどうも連絡を取る限り遊び呆けているようだ。 ちゃんと単位は取れているのか、お姉ちゃんは心配だよ。 そう思っていたが、添付されている画像を開くと実家とおぼしき背景に弟が見知らぬ子猫を抱き抱えている。 一目惚れした相手は人ではなかったようだ。 『あんた面倒見れんの?』 すぐさま返信を送る。 『野良猫や 餌やってるだけ』 一番無責任な接し方だ。 『見たけりゃたまには帰ってこいよ』 続けざまに届いたメールの内容がまるでこちらの疲れた心を見透かすかのようで、私はスマホをデスクに置いて物思いに耽(フケ)り始めた。 猫を見せたかったわけではない、弟は帰ってこいとそれが言いたかったのだ。確かに最近帰ってない、それどころか上京してからというもの一切帰っていない、その理由は母にあった。 夢を追って東京に行こうとした私に母は強く反発した、半ば喧嘩別れで私は強引に東京に来たのだけれど、母の言う通り現実は甘くはなく、夢破れ、取り敢えず無職と言うわけにもいかず勤めたのが今のこの会社だ。母にはこの会社に勤めていることすら話してはいない。 私はまたスマホを手に取って小さな白くてモジャモジャの猫を見た。 また良からぬことを考えている。思い立ったが吉日とはよく言ったものだ。 私は気合いをいれて目の前に残されている大量の仕事を片し始めた。
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